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現場のひと(3)

(1)(2)から続く

 子供連れて旅してたろ、そうすっと色んな人が声かけてくれるんだよ。ご飯食べてるとこに呼んでくれたりして、色々話してくれるんだ。もんじゅの現場で会ったおじさんは、漢字の成り立ちとか、言葉の意味ってやつを教えてくれたんだ。
 因果応報、とかね。悪いことした時にしか言わないだろ。でもホントは、例えば君が努力してドイツの大学に入れた、それだって、因果応報なんだよ。
 忖度って言葉も去年話題になったよな。まるで悪い言葉みたいになっちゃったけど、そうじゃないんだぜ、ホントは。良くしてくれた人に、ありがとうってお返しすることなんだから。
 それから「人と言う字は支え合って…」って言うだろ。あれじゃダメだ。そのままじゃどんどん人に頼りすぎていって、のめりこんでいって、倒れちまう。だから、人と人とは間を取って、「人間」にならなきゃいけないんだ、って。
 面白いだろ。だから今でもユーチューブで勉強してるよ、漢字の成り立ち、言葉の意味。

 そうだ、勉強法な。おれ、テレビだとBBCとかナショナル・ジオグラフィックとかしか見ないんだけど、そこでも言ってたし、それに長男もいっつも言ってたぜ。予習はするな、復習もするなって。ハーバードとか、イェールとか、そういう世界の名門の学生は、そういうことしないんだって。だって、何回も勉強する時間あるなら、こうやって人と話したり、友達と遊んだり、ぼーっとしたりする方がいいだろ? だから勉強する時は一度だけ。だけど、その代わり、授業を本気で集中して聴く。
 息子達はトラックの中で勉強してたんだよ。勉強できるようにして、寝られるようにして、トラックが家みたいになってた。トラックの中で問題集広げて勉強してたんだ。
 それに今ならパソコンがあればどこでだって勉強できるだろ。学校に行かなくても、本当にやりたいなら、誰だって勉強できるよな。もっと言えばスマホでだってできるよな。やろうと思えばおれだってできる。長男は親父の頭じゃムリだって言うけど。
 スマホがどうして作られたかわかるかい? 現場のためだよ。現場で働いてる時に、いちいちパソコンがなくても図面を確認したりデータを入力したりするために、作られたんだ。おれはパソコンのキーボードのカタカタいう音、ものすごい嫌いなんだ。

 すぐ謝るってことは大事だよ。だって、楽じゃんか、その方が。嫌だろ、喧嘩して怒鳴り合って気まずくなってるあの時間。それでしばらくして、冷たい声で「ご飯あるけど、食べるの」とか言ってさあ。だから、相手が怒ってる時は、自分は悪くないと思っても、本気で謝る。お父ちゃんが悪かった、ほんっとに悪かった、って謝る。
 ヤクザはな、本気で謝れば許してくれる。だから謝られて許さないのはヤクザ以下だ、ってな。
 それからな、感謝を伝えること。いつでも、いつでも、ありがとう、って。当たり前だと思っちゃいけないよ。

 君はいま帰国してるんだね。そうか、お母さんが病気で帰ってきたのか。でもまだ時間が残されてるんだろ。それはいいことだよ。数年間あるなら、できることはいくらでもあるよ。
 夢を見ちゃダメだ。起きてることから目を背けたくなるから、みんな夢を見る。だから夢は見ちゃいけない。だけど、奇跡は起こる。次男が23まで生きてくれたことだって奇跡だった。奇跡は起こるんだ。

 お母さんには感謝しなよ。お父さんは、まあ別にいいよ。お父さんよりも、お母さんに感謝しなきゃダメだ。だってお父さんが働きに行けるように毎日毎日ご飯を作ってくれて、洗濯してくれて、掃除もしてくれてるんだから。お父さんの仕事には休日があるけど、お母さんには休日も休みがないんだぜ。
 お母さんがやってる仕事を、君、やってごらん。洗濯や朝ご飯、毎日だよ。そしたらお母さんのことがきっとわかるから。人の痛みをわかるためには、同じことやってみるしかないんだ。

 君はおれの話をこうやって聞いてくれてる。おれの痛みを想像してくれてるね。だけど、君には、おれの本当の痛みがわかるわけじゃないんだ。おれも、君の痛みは本当にはわかりはしない。親が病気だっていう、その痛みもおれには計り知れない。
 それはなぜかというと、おれはおれという人であって、君は君だからだ。人は、他の人にはなれないんだよね。

 でもね、さっき君がそこでこの機械を見つめておれに声をかけてくれた時のあの目はな、おれにとっては、まさに優しさだった。幸せってそういうことだと思うんだ。
 おれは明日は君のこと思い出さないかもしれない。だけど、明後日思い出すかもしれない。あいつはドイツで元気にしてるかな、大学は大変なのかな、って。
 そして、もしかしたら君は1ヶ月後にドイツに戻ってから、いつか、おれのことを思い出すかもしれない。あの変なおっちゃんは今もドロドロになって地盤調査してんのかな、って。もしかしたらおれの言ったことを思い出して、いつか何かの役に立つかもしれない。
 不思議だよな。今さっきそこで出会って話し始めて、1ヶ月後には地球の反対側にいるんだから。でも、君は今こうやっておれのことを助けてる。いつか今のおれが君を助けるかもしれない。それが人と人とのつながり、優しさなんじゃないかな。
 君はドイツで色んな人に出会うかもしれないね。100人じゃなくていい。ひとりやふたり。そしたら、すごく幸せさ。必ず誰かが必要としてくれるよ。

 おれには君の痛みは計り知れないけど、親が先に死ぬっていうことは自然なことなんだ。そりゃ、おれだって本当に辛かったぜ、自分が捨て子だって知った時。何でおれのこと捨てたんだろう、って。
 でもね、君もいつか子供が生まれたらわかるかもしれない。親が死ぬのと、自分の子が死ぬのじゃ、全然痛みが違うんだ。次男が1歳で死ぬって言われた時、本当にショックだったよ。
 だから君も元気でいなきゃいけない。だから、どうしようもないことだってもちろんあるけど、できることは予防するんだ。
 とにかく絶対に死んじゃダメだ。だって、怖いだろ、死ぬのは。自殺する人の勇気は計り知れないよ。

 次男が言ってた通りだよ。急ぐことはいい。思いっきり走れ。でも焦っちゃいけない。

 さあ、さて、おじさんはそろそろ煙草でも吸って出発するかな。じゃあな。課題頑張れよ。