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現場のひと(1)

 実家近くの住宅街を歩いていて、木造住宅が解体されたばかりの更地に通りかかった。見たことのない機械がひとつあって、おじさんが隣に立っている。

 僕は建築学科だから、何をしているのか気になって、立ち止まって機械を見つめた。そしたらおじさんが「何してるかわかるかい」と聞く。
「いやあ、わかんないです」
「地盤調査。何だ、そんなロープどうでもいいから、来て見てごらんよ」
と言うので、僕は雪駄を引っかけてロープの内側に入った。

 彼は笑って、こんなのもホントはダメなんだぜ見せちゃ、と呟きながら、機械のモニターを見せてくれた。機械が細い鉄の棒を回転させながら地面に掘り込む。彼が長さ75cmの棒を継ぎ足していくと、棒は9m程までおりていく。

* * *

 家の四隅でこれを測るわけな。ホラ、硬い層に当たってる音がするだろ、これがこの辺りだと9m位なのね。だから普通に家が建てられる。場所が違うと40mとかね、もっと大変なんだよ。そうすっと家が傾いたりするわな。だからそんなときはコンクリの板を敷いて、浮力で家が傾かないようにするわけ。
 いや、すごいのはおれじゃないぜ、機械だよ。これは元々スウェーデンで開発された調査方法でさ、ボーリング調査とは違うんだよ。

 そういや、君、歳はいくつなの?
 19か、若いなあ! 若いのに偉いね、人の話をよく聞いて。初めてだよ、おれの話聞いてくれる人。家族にこんな話しても全然聞いてくれないよ。はいはい、とか言ってね。でもまあ、そんなもんよ。

 よし終わった。ボタン押すと、今度は棒が上がってくるわけさ。先端に付いてる、これが礫層。硬いだろ。さっき当たって音がしてた土だよ。こっちの赤い土はその上の関東ローム層。
 ホントはこの棒を取り出す時も1本1本外していかなきゃいけないんだけどね、やってらんねえよ、時間ないんだから。だからこうやって5本まとめて外すのね。それで次のポイントでも使う。まあ大して重くもないよ、でも君は小柄だからちょっと重いかな。おれも小柄だけど。

 おれの働いてるのは地盤調査の会社。で、地盤を保証する会社に依頼されてくるわけ。国家資格じゃないけど、保証会社が指定する資格は持ってるよ。それから保証会社ごとに色々ルールがあってよ。例えば、ヘルメットしなきゃいけない、とかね。ヤダよなあ。おれハゲたくねえもん、ただでさえちょっと怪しいんだから、ホラ… それに、この計測のデータもすぐに会社に送られんだよ、GPS付きで。ほらこうやって、おれのスマホからも見れる。だからサボれないし、いい加減なこと書くのもできないわけよ、昔と違って。

 へえ、君は建築学科なのか。そうかあ。いいなあ。現場の仕事を見て関心を持ったってところがいいな。大体みんな現場を知らないからね。現場の大変さをわかってないんだよ。それに昔は土方って言うと差別されたりしてよ…
 おれの歯がないのは、こないだ現場から落ちたからね。擁壁の上で作業してたら顔面から落ちてさ。下顎にヒビが入ったらしい。手術もできないから、もうじき入れ歯にするよ。上の歯はもう全部入れ歯。
 天気? おれの会社は雨だろうと何だろうと作業だよ。こないだ台風の時なんかね、警報が出たから会社に電話入れたら「あと3ポイントなら終わらせて帰ってこい」って言われて、膝まで水に浸かって作業したよ。消防団の人が「あんた、そんなとこでバカじゃないか!? 何してるんですか!」って言うけどさ、「作業してまーす」つってな。

 おれの長男坊も設計士やってるよ。アメリカにいるんだ。
 そうか、君はドイツの大学に行ってるのか。うちの長男坊は大学は行かなかったけど、高校の時に2回、MIT(マサチューセッツ工科大学)に留学したよ。ある日、学校帰りにいきなり「親父、おれアメリカ行くことにした」って言い出してさ。でも金ねえよ、って言ったら、奨学金だから、って。
 そのあと高校出て仙台の設計事務所で働いてたんだけど、事務所が震災で流されてさ。その時の彼女が米軍の軍人の娘でね、そのお父さんに「おまえ車好きなんだろ、アメリカに来い」って言われてアメリカに渡って、そのまま向こうで仕事してるよ。英語、ドイツ語、スペイン語が話せるって言ってる。

 おれは昔は長距離トラックの運ちゃんやってたんだ。その頃は家に帰るのは年に4、5回でね。そんなだったから、家に帰ってきなさいって家族に怒られて、今はこの仕事してるんだよ。
 今みたいに更地でひとりで作業するのは楽だけどね、そうとは限らないよ。ひとりでこの機械バラして階段を登って持ち上げたりしてよ。こいつが20キロ、これが10キロ、これも20キロ、この棒は1本2キロ。工事現場で作業中に調査することもある。頭の上で作業してる中でね。
 保証会社はめんどうだしホントに嫌なやつらだけど、それでもおれの働いてる会社のことをすごい信用してくれてるんだ。おれたちがこの仕事はできないって言ったら、他のどこにもできないからね。これは誇っていいことだと思ってるよ。

 うん、おれの人生で誇れることなんて、それ入れてたった2つだな。あともうひとつはね、30年間運ちゃんしてて、一回も予定の到着時間に遅刻したことはなかった。道がなかったり、橋が流されてたりしたけど、一回も遅れたことはなかったぜ。
 阪神淡路大震災の時には、色々支援物資とかクレーン車を積んで神戸に向かってよ。自衛隊とか色んな車が一斉に関東を出たけど、最初に着いたのはおれだったよ。自衛隊も追い抜いて、瓦礫だらけの道を力尽くで走ったね。積んでたクレーン車にまたがってみて、そいつで瓦礫どかしたりもしてさ。人の命がかかってると思って必死だったよ。
 そのあと市長から表彰されて2千円もらったよ。

 正月の築地の初競り、知ってるだろ。マグロが当時で何千万円、今は何億円とかで売られるやつな。おれ、あれの3800万円のマグロを運んだことがあるんだよ。青森から築地までな、380万円の報酬。怖いんだぜ、ぶっ飛ばすんだよ、あれはヤクザとのレースなんだ。あいつらマグロを強奪して、すしざんまいの社長に売るんだよ。
 お父ちゃんが、平仮名で「さかな」って書いたトラックで東北道走ってたら、黒いベンツが何台も後ろから追いかけて来て、トラックの隣に回り込んできてさ。「おい!止まれ!」とか叫んでくるし、邪魔だなあと思ってたら、あれ、何かが光った。 …って思ったら、運転席の制御板の光が消えてよ。これは撃たれたらしいなって気づいて焦ったよ。車はあんなちっこいもんで壊されやしないけどさ。
 それで走りながら友達に電話かけて、近く走ってた友達が支援に来てくれた。でもそれでも足りなくて、そいつが福島のやつだったから、同郷のトラックを何台も呼んでくれたんだよ。それでみんなが逆にベンツの前に回り込んでくれて、おれは築地に向かって吹っ飛ばしてけた。でも、それ以来そういうマグロはトラック2台、乗用車3台で護衛して運ぶことになったわけよ。

 色んなところに行ったよ。沖縄の米軍基地、原発、もんじゅ、六ヶ所村… 面白い秘密が色々あるよ、でも話すわけにはいかないぜ。口外禁止の誓約書にサインしたから、話さないよ。
 そうやって色んな人に会って色んなことを教わったよ、現場で。みんなが教えてくれる。長男は大学行かなかったけどな、あいつは現場を見てる。現場でみんなから学んでるんだよ。

(2)(3)に続く